富士フイルムグループでは、企画・開発・製品化・製造・販売など全ての工程において適切な化学物質管理を徹底しています。ここでは、そのために必要な化学物質の安全性評価を行っている安全性評価センターの活動を紹介します。
富士フイルム安全性評価センターとは
富士フイルム安全性評価センターは、富士フイルムグループで開発・使用される各種の化学物質・材料・製品の安全性全般を評価する役割を果たしています。以下のようなさまざまな製品に使用されている化学物質の安全性を評価した上で、地球環境やヒトの健康に配慮した製品を社会にお届けしています。このような安全性評価を担っているのが、国際的にも通用する信頼性の高い施設である「安全性評価センター」です。
安全性評価センターの役割
安全性評価センターは、1975年に化学物質の安全性試験の実施のため、当時の環境管理部の試験部門として設立され、富士フイルムグループで開発・使用される各種の化学物質・材料・製品の開発初期から製品化に至る各段階で、地球環境やヒトの健康にかかわる安全性を評価する役割を果たしています。具体的には、国際的に通用する信頼性の高い“GLP試験施設”として、“化学物質の法対応試験”“製品の安全性試験”“労働安全衛生のための試験”などの幅広い試験を実施しています。
近年、富士フイルムグループでは高機能材料やヘルスケア分野などに事業が拡大しており、“環境品質”の高い新製品創出のために、安全性評価技術も強化・拡充しています。具体的には、“材料開発者が利用しやすい安全性データベース環境を整備”し、“細胞毒性・遺伝子発現などの毒性スクリーニング”や“毒性のコンピュータによる予測”の技術を構築し、安全な製品の開発に取り組んでいます。
安全性評価センターの試験項目
安全性評価センターでは、以下の目的で各種の安全性試験を行っています。
目的 |
評価項目 |
---|---|
安全な化学物質・材料・製品の開発 |
|
労働安全衛生 |
|
製品安全 |
|
化審法などの法対応 |
|
安全性評価センターの取り組み
GLP試験施設としての安全性評価センター
安全性評価センターでは、“GLP試験施設”として、国際的に通用する信頼性の高い試験を実施しています。
GLPとは、Good Laboratory Practice(優良試験所基準)の略称であり、一定の基準を充たした組織、設備を有し、運営が信頼性に基づいて機能的になされている試験機関を認定する制度です。GLP試験施設で実施したGLP試験の試験報告書は国内の新規化学物質申請、海外のGLP相互受け入れ国への申請に用いることができます。
富士フイルム安全性評価センターは、下記の試験項目についての化審法(化学物質の審査および製造等の規制に関する法律)GLP試験施設です。
- 経済産業省管轄(1986年取得):分解度試験、濃縮度試験、分配係数測定試験
- 厚生労働省管轄(1990年取得):Ames試験、染色体異常試験
長期自主研究(LRI)の支援
国際化学工業協会協議会*2 は、化学物質がおよぼす“環境やヒトの健康への影響”に関し、長期自主研究(LRI)*3 を進めています。富士フイルムは、この活動に出資し委員として参画することで、支援しています。
2020年11月には、優れた研究業績をあげた若手研究者に授与される「日本動物実験代替法学会 第5回 日本化学工業協会LRI賞」を安全性評価センター職員が受賞しました。
富士フイルムグループの動物愛護の取り組み
化学品や医薬品を開発する過程では、人体への安全性や有効性を確かめるため、ときに動物を用いた実験が必要になります。しかし、動物倫理の観点から、動物実験は本当に必要なときだけ適切に行うべきものです。富士フイルムグループでは、「動物の愛護及び管理に関する法律」ならびに関係法令を遵守するため、「動物倫理規則」を定め、適正に動物実験を管理しています。
グループ各社の動物実験施設の実施機関長は「動物実験に関わる規程」を策定し、動物実験委員会を設置した上で、適正に動物実験を管理し、教育訓練および自己点検を実施しています*5 。また、2009年から、各社の動物実験にかかわるメンバーが定期的に集まって、動物倫理に関して、情報共有や改善を推進しています。
さらに、富士フイルム安全性評価センターでは、動物愛護*6 の観点から、動物実験代替法の開発等に積極的に取り組んでいます。
安全性評価センターの動物実験代替法への取り組み
富士フイルム安全性評価センターでは、動物愛護*7 の観点から、感作性や刺激性試験などの代替法の共同研究への参画や開発に積極的に取り組んでいます。また、コンピュータを用いた予測も行っており、これらを実際の安全性評価に利用しています。
皮膚感作性代替法の開発
富士フイルムが独自に開発した、実験動物を用いずに化学物質の皮膚へのアレルギー反応の有無を評価する皮膚感作性試験代替法「Amino acid Derivative Reactivity Assay(ADRA)」が、2019年6月、OECD(経済協力開発機構)テストガイドライン*8 に収載されました。
「ADRA」は、富士フイルムが持つ化学合成力・分子設計力により開発した検出感度が高い試薬を用いることで、従来方法(Direct Peptide Reactivity Assay(DPRA)*9)よりも幅広い化学物質の皮膚感作性を試験できる評価法です。2022年6月には混合物の皮膚感作性の試験法としてOECDテストガイドラインに収載され、これまでの単一物質に加え、複数の成分から成る混合物の皮膚感作性評価も可能になりました。これは近年、含有成分が不明な場合が多い天然抽出物などにも「ADRA」が利用できるよう、重量濃度での評価や蛍光検出も可能とする測定方法を追加し、その試験法がOECDから認められたことによります。現在、当社は、「ADRA」を簡単に実施できる試薬キット「ADRAキット」、同キットを用いた皮膚感作性評価の受託サービスを、富士フイルム和光純薬にて展開しています。「ADRA」が標準的な評価法として国際的に認められたことを機に、実験動物を用いずに化学物質の安全性を評価する試験法の更なる普及に貢献していきます。
ADRAの原理
学会発表など
日本動物実験代替法学会
第35回大会(2022年)
「In chemico 皮膚感作性試験ADRA法のガイドライン改訂に向けたリング試験」、「OECDのDASS化合物セットを対象とした複数の感作性代替法を組み合わせた皮膚感作予測におけるADRAの適用性について」、「ADRAによる反応性基を有するポリマーの感作性評価」
第33回大会(2020年)
「ADRA試験実施における習熟用物質3物質の問題点と原因解明」、「被験物質濃度を最適化したADRAのIATAにおける有用性検証」、「ADRAの最小検出濃度の測定および他の感作性代替法との比較」、「被験物質濃度を最適化したADRA法の確立と有用性」
第32回大会(2019年)
「感作性代替法ADRAを利用した光アレルギー性評価試験系の開発」、「ADRAで共溶出が生じにくい要因の解析」、「ADRAおよびphoto-ADRAを用いた模擬化粧品の皮膚感作性および光アレルギー予測」、「皮膚感作性試験代替法ADRAとDPRAにおける反応液中での疎水性物質の析出」、「ADRAにおけるDMSO溶媒中でのNAC の酸化と感作性予測精度に与える影響」
第31回大会(2018年)
「HPLC-蛍光法を利用したADRAによる多成分混合物の皮膚感作性予測」、「複数の感作性代替法を組み合わせた皮膚感作性予測におけるADRAの有用性検証」
第30回大会(2017年)
「新規in chemico皮膚感作性試験ADRA法の多施設バリデーション試験 第2報」、「in chemico皮膚感作性試験(ADRA法)における分子量を用いない試験法の開発」、「新規in chemico皮膚感作性試験ADRA法に使用するCys誘導体試薬(NAC)の酸化原因および防止策の検討」
第29回大会(2016年)
「CysおよびLys誘導体を用いた皮膚感作性試験代替法(ADRA法)のバリデーション研究のための技術移転結果報告」
日本毒性学会
第47回大会(2020年)
「皮膚感作性 in chemico 代替法ADRAを利用した呼吸器感作性評価法の開発」
第46回大会(2019年)
「光アレルギーを予測できる新規in chemico代替法であるphoto-ADRAの開発」、「蛍光検出を用いたADRA法の開発と混合物への応用」
第45回大会(2018年)
「皮膚感作性in chemico代替法DPRAとADRA -試験法の原理と課題-」
第44回大会(2017年)
「新規in chemico皮膚感作性試験ADRA法の多施設バリデーション試験 第1報」
論文発表
Journal of Applied Toxicology, 43 (2023) 446-457
“Assessment of commercial polymers with and without reactive groups using amino acid derivative reactivity assay based on both molar concentration approach and gravimetric approach.”
Chemical Research Toxicology, 35 (2022) 2107-2121
“Theoretical Validation of In Chemico Skin Sensitization Assay "ADRA" Using the Products Formed by Nucleophilic Reagents and Chemicals.”
Nihon Yakurigaku Zasshi, 157 (2022) 345-350
“In chemico skin sensitization alternative method: development of ADRA and listing to OECD test guideline.”
Journal of Applied Toxicology, 42 (2022) 1059-1167
“Applicability of amino acid derivative reactivity assay (4 mM) for the prediction of skin sensitization by combining multiple alternative methods to evaluate key events.”
Journal of Applied Toxicology, 42 (2022) 1078-1090
“Within- and between-laboratory reproducibility and predictive capacity of amino acid derivative reactivity assay (ADRA) using a 0.5 mg/mL test chemical solution: Results of the study for reproducibility confirmation implemented in five participating laboratories”
Chemical Research Toxicology, 34 (2021) 1749-1758
“Cause Clarification of Cysteine Oxidation by Active Species Generated during the Oxidation Process of Cinnamaldehyde and Impact on an In Chemico Alternative Method for Skin Sensitization Using a Nucleophilic Reagent Containing Cysteine.”
Journal of Applied Toxicology, 41 (2021) 303-329
“Improving predictive capacity of the Amino acid Derivative Reactivity Assay test method for skin sensitization potential with an optimal molar concentration of test chemical solution”
Journal of Applied Toxicology, 40 (2020) 655-678
“Development of photo-amino acid derivative reactivity assay: a novel in chemico alternative method for predicting photoallergy.”
Journal of Applied Toxicology, 40 (2020) 843-854
“Oxidation of a cysteine-derived nucleophilic reagent by dimethyl sulfoxide in the amino acid derivative reactivity assay. J Appl Toxicol.”
Journal of Toxicological Science, 44 (2019) 821-832
“The amino acid derivative reactivity assay with fluorescence detection and its application to multi-constituent substances.”
Journal of Applied Toxicology, 39 (2019) 1492-1505
“The within- and between-laboratory reproducibility and predictive capacity of the in chemico amino acid derivative reactivity assay: Results of validation study implemented in four participating laboratories.”
Journal of Toxicological Science, 44 (2019) 585-600
“Applicability of amino acid derivative reactivity assay for prediction of skin sensitization by combining multiple alternative methods to evaluate key events.”
Journal of Pharmacological and Toxicological Methods, 100 (2019) 106624
“Precipitation of test chemicals in reaction solutions used in the amino acid derivative reactivity assay and the direct peptide reactivity assay.”
Toxicology in vitro, 59 (2019) 161-178
“A newly developed means of HPLC-fluorescence analysis for predicting the skin sensitization potential of multi-constituent substances using ADRA.”
Journal of Pharmacological and Toxicological Methods, 97 (2019) 67-79
“Expanding the applicability of the amino acid derivative reactivity assay: Determining a weight for preparation of test chemical solutions that yield a predictive capacity identical to the conventional method using molar concentration and demonstrating the capacity to detect sensitizers in liquid mixtures.”
Journal of Pharmacological and Toxicological Methods, 96 (2019) 95-105
“The underlying factors that explain why nucleophilic reagents rarely co-elute with test chemicals in the ADRA.”
Journal of Applied Toxicology, 39 (2019) 191-208
“Cause of and countermeasures for oxidation of the cysteine-derived reagent used in the amino acid derivative reactivity assay.”
Journal of Applied Toxicology, 35 (2015) 1348-1360
“A novel in chemico method to detect skin sensitizers in highly diluted reaction conditions.”
Journal of Pharmacological and Toxicological Methods, 70 (2014) 94-105
“Development of a prediction method for skin sensitization using novel cysteine and lysine derivatives.”
皮膚および眼刺激性代替法、皮膚腐食性代替法への取り組み
人工皮膚モデルを用いた皮膚刺激性試験、人工角膜モデルを用いた眼刺激性試験、人工皮膚モデルを用いた皮膚腐食性試験の各代替法共同研究に参画し、代替法の確立に貢献しました。
2020年4月には、従業員の労働安全確保を目的に、製品の原材料として用いる化学物質の皮膚刺激性評価に、この人工皮膚モデルを用いた評価法を導入しました。
学会発表など(日本動物実験代替法学会)
皮膚刺激性代替法
2011年 第24回大会 「培養表皮モデルLabCyte EPI-MODEL24皮膚刺激性試験法の追加共同研究」
眼刺激性代替法
2012年 第25回大会 「培養角膜モデルLabCyte CORNEA-MODEL24を用いた眼刺激性試験代替法共同研究」
2014年 第27回大会 「LabCyte CORNEA-MODEL眼刺激性試験法における生細胞率測定方法の比較」
2016年 第29回大会 「培養角膜上皮モデルLabCyte CORNEA-MODEL眼刺激性試験法の多施設バリデーション研究」
皮膚腐食性代替法
2017年 第30回大会 「LabCyte EPI-MODEL24 皮膚腐食性試験バリデーション研究」
コンピュータを用いた予測手法への取り組み
化学物質の構造上の特徴から、コンピュータを用いて有害性を予測する手法にも積極的に取り組んでいます。皮膚感作性の予測について、日本動物実験代替法学会などで発表しました*10。安全性評価センター設立以来蓄積してきた熟練者の知識と経験も活かしつつ、開発初期段階での分子設計や化学物質探索にも活用できる予測手法の開発を進めています。